ずっと続いてきた世の中の信長と秀吉と家康に対する誤解

新暦だと関が原の合戦は9月15日ではなく、10月21日です。しかしNHKの大河ドラマは、関が原の合戦ですね。関が原の合戦は気象に影響する野戦ですので、新暦で見た方が良いですね。

誤解1.「比叡山を焼いたのは織田信長だけで魔王だ」
真実①奈良時代に僧が政治に口出しして混乱し京都に遷都した。
真実②平安末期に僧兵が政治に口出しして混乱させた。
真実③平清盛の命で、その息子が奈良の寺を焼き討ちしたので奈良の僧が死刑にした。
真実④天台座主(延暦寺の天台宗のトップ)だった六代将軍の足利義教は、延暦寺の怠惰さに反感を覚え攻撃した。延暦寺の山徒は怒り、自分で焼いて自殺した。
真実⑤室町幕府管領の細川政元も比叡山を焼き討ちした。
真実⑥信長の敵の浅井軍も比叡山を焼いた。
真実⑦信長軍は少ししか焼いてない。被害者数も証言者によりマチマチ。
https://ja.wikipedia.org/wiki/比叡山焼き討ち
真実⑧信長は朝廷を軽んじたとマスコミは印象操作をするが、信長が天下統一し始めると朝廷の権威が戻った。信長は、朝廷で豪華な観兵式をした。秀吉も豪華な進物をした。徳川は朝廷を法律で縛り、朝廷は十万石程度しか収入がなく困窮した。
真実⑨信長の孫は仏教を弾圧していないのに、仏教側は孫を弾圧した。

現在で比較すると信長は他の大名(大企業)と違い画期的に鉄砲(IT)を取り入れ、楽市楽座(独占市場の廃止)をした。また江戸時代末期にならないと出ない、鉄船を水軍のプロであった毛利(と大坂本願寺)船団に対して、武田との鉄砲戦のように奇抜に使い勝利した。

誤解2.「朝鮮出兵で失敗した豊臣秀吉は悪魔だ」
真実①朝鮮は新羅入寇で海賊を利用し日本を侵略しようとした。
真実②海賊である倭寇の9割は中韓人と朝鮮王朝の資料にある。
真実③豊臣秀吉は海賊禁止令や私戦禁止令を出した。
真実④後北条氏は私戦禁止令を無視したので小田原征伐した。
真実⑤豊臣秀吉はキリスト教が日本を侵略しようとしたので禁止した。しかし徳川幕府ほど自国民のキリスト教徒を弾圧していない。
真実⑥朝鮮出兵で日本軍は無計画に補給路がなく飢え死したというが、開戦から少し経ったら復旧した。
真実⑦日本は世界一の鉄砲保有国だったので、朝鮮出兵は無謀ではない。
真実⑧日本軍の死亡者数は餓死・病死で5万人、政府要人も兵も戦死は少ない。韓国は政府要人の多くが戦死した。明朝鮮連合軍は数十万人死亡した。
真実⑨教科書でも出る朝鮮が英雄的な存在にしている亀甲船など、たった5隻しか建造されなかった。他は日本と違い弱い船だけ。
https://ja.wikipedia.org/wiki/亀甲船
真実⑩日本は豊臣秀吉が死んだので撤退しただけ。
真実⑪日本は異民族なのに侵略しに来たというが、朝鮮出兵後に満州族が中国大陸に清王朝を建国するなど、昔からずっと異民族支配。そもそも縄文人の遺物が朝鮮半島にあり、最初に朝鮮半島に住んだのは日本人。
真実⑫豊臣秀吉は足利最後の将軍を豊臣側に戻ってきたら、一生大事にした。
真実⑬NHKの大河ドラマで大谷形部が「秀吉のような老人の世迷い事を信じるな」という感じの台詞を真田幸村に言ったり、白河法皇の落胤が平清盛でありその母を殺したとしたが、証拠は?石田三成が手際よく朝鮮出兵の処理をしたや大谷の病気を他の大名と違い毛嫌わなかったなどの、史実の報道は少ないように思える。
真実⑭秀吉の親戚の豊臣完子は京都に移り、今上天皇の血筋として残っている。方や徳川秀忠の娘の子などの、女性天皇は全員独身なので女系天皇などいない。天照大神は女神なので女系と言うが、その子供の父が神なので皇統は女系ではない。代々天皇の皇后は先祖が神の藤原氏なので、現代の女系天皇問題と昔は異なる。証拠に秦氏島津家出身の姫が、昭和天皇の皇后陛下になられたので、それ以降の天皇家は左翼が言い張るような中韓的で平面な弥生顔になったが、それ以前や分家は西洋風な縄文顔と大きな変化が見られる。
真実⑮徳川家康の所領が250万石に対し、豊臣宗家は蔵入地222万石と言うと、加藤清正などの大大名は豊臣恩顧というのがいる。しかし蔵入地は清正の領地などから取れる税金だけであり土地は所有していない。この土地の無さからして朝鮮出兵はしょうがない。しかもその豊臣恩顧の大名の多くが、関が原では東軍になっている。
真実⑯江戸幕府は鎖国したというが、現在反日な清・朝鮮・オランダ・ロシアに対しては交流があった。江戸幕府は朝鮮は空島政策という放棄をしていたのに、何の証拠も無く鬱陵島を朝鮮領としてしまった。長州藩桂小五郎は鬱陵島は日本領と言い、大村益次郎は竹島問題は早く片付けた方が良いと言った。英国は鬱陵島の位置を測定ミスし地図では鬱陵島が2つ存在し、このミスを利用しているのか知らないのか韓国は竹島は自国領と主張しているが、フランスやドイツの地図では鬱陵島は日本領土。

豊臣秀吉や伊藤博文は庶民出身でよく似ている。お金持ちでもなく顔も良くないが、秀吉は信長の草履取りをしたり伊藤博文は英国留学で奴隷のように働かせられた。これらを嫌う中韓は矛盾している。

特に伊藤博文は反征韓論の恐露派で、韓国併合をしても十年で独立させると言った。朝鮮人が伊藤博文を暗殺してしまったので、日本国民にとっては赤字で大損な韓国併合が長引いたのであろう。強制連行も証拠は無いし慰安婦は豪華な生活をしていたし、韓国人の徴兵も昭和19年開始と優遇されていた。

誤解3「徳川家康は源氏の末裔で将軍になって当たり前」
真実①徳川家康が三河守の時は藤原氏を名乗っていた。朝廷は藤原氏を名乗り続けろと言った。別に源氏長者でなくても鎌倉時代には藤原将軍はいたし、源頼朝は源氏長者ではなく、明治以降も村上源氏(現在の久我家)に源氏長者が返還されたらしい。岩倉家も村上源氏の名門な家柄
真実②松平(徳川)が源氏の新田の得川である証拠はまったくない。この得川自体が資料によると兄弟が逆かもしれないという齟齬もある。
真実③関が原の合戦前にキリスト教徒の細川ガラシャが実質的な自殺をしたので西軍の勢いは弱った。しかし徳川幕府などが自国民のキリスト教徒を虐殺しまくったのは恩知らずでは?
真実④関が原の合戦で勝った理由は、徳川家康が裏切らない小早川に鉄砲を打ったから。裏切った小早川秀秋は朝鮮出兵で大将だったから精神異常を起こしたのではなく、未成年なのに酒を飲みすぎ。
真実⑤徳川秀忠が真田との戦いで関が原の合戦に遅れ、家康が怒ったというが、真田攻めを命令したのは家康だった。
真実⑥江戸城は鉄砲穴が無いなど平和な城というが、大阪冬の陣でなかなか攻略出来なかったので、堀を埋めるために講和をしたかったので大砲を淀君のいる場所に打ち込んだ。もう鉄砲の時代ではなく、大砲の時代だと家康は知っていた。

現在の大半の一般人が見習うなら、最初は豊臣秀吉しかいない。なぜなら信長と家康はお金持ちの御曹司だからで、秀吉は貧困な平民だからだ。

そこを無理やり否定する現在の韓流なマスコミの話を鵜呑みにすると、ビジネスでも成功できない。そもそも韓国人が経済は戦争だと言っている。日本だけ「仲良くやろうぜ」と平和ボケし、スマホなどのシェアを奪われている。

昔で言えば槍刀(捏造しやすいFAX・判子入り紙書類)を高齢管理職に使わされ、鉄砲(スマホやメール)は仕事で使うな!と古臭い馬鹿な状態に日本の大企業はなっている。これは外国人客の株主が多かったり、在日との提携者が大企業に多いからだろう。

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